なかなかなかね野鳥と自然の写真館

疾風怒涛の時代が過ぎ去っていきます。私たちがその中で、ふと佇む時、一時の静寂と映像が欲しくなります。微妙な四季の移ろいが、春や秋の渡りの鳥たちや、路傍の名もない草花にも感じられます。このブログは、野鳥や蝶、花や野草、四季の風景などの写真を掲載しています。

手賀沼遊歩道のムクゲ

「はらはらと 雀(すずめ)飛び来る 木槿垣(むくげがき) 
                ふと見れば すずし白き花二つ」

                   (北原白秋

酷暑が続いています。

こんなとき、道端に清清しく咲く花を見かけると、一瞬、涼しげに感じるものです。

ムクゲは、朝方3時頃に開花し、夕方にはしぼんでしまう、「一日花」だそうです。

楽天(はくらくてん)の漢詩に「槿花一日(きんかいちじつ)自(おのず)から栄を為(な)す」というムクゲの花のたとえがあるようです。

辞書の広辞苑(こうじえん)によれば、


槿花一日の栄(きんか いちじつのえい)

 白居易、放言詩「松樹千年終に是れ朽ち、槿花一日自ずから栄を為なす」]
 栄華のはかないことを、ムクゲの花にたとえていう。
 「槿花一朝の夢」とも。
 
と説明されています。

また、「槿花一朝(きんかいっちょう)の夢」は、人の世のはかなさの例えに使われています。

しかし、白楽天は、単にムクゲをはかない例えに使ったのではなさそうです。

この詩の前段とその後段は

  松樹千年(しょうじゅせんねん)終(つい)に是(こ)れ朽(く)ち、
  槿花一日自ずから栄を為なす

  何ぞもちいん世を恋(こ)うて常に死を憂(うれ)うるを
  また身を嫌いてみだりに生を厭(いと)うことなかれ
   
と詠(うた)っています。

(意訳)

松は千年生き続けるといわれていますが、ついには朽(く)ち果ててしまいます。
木槿(むくげ)の花は一日だけの命ですが、その一日はそれ自身、美しく輝いています。

いつまでも生き続けたいと死を恐れることもないし、
自らを嫌い生き続けることを厭(いと)うこともありません。


つまり、白楽天(=白居易)は、ムクゲの花は、一日花ですが、それ自体で完結(かんけつ)していて千年一日の如(ごと)しと詠っているようです。

また、ムクゲの花は、、実は、一つ一つの花はかない命ですが、次々に別の花が咲くため、長く咲くように見えます。

私たちを含む動植物の命も個々の命は、はかないものですが、地球誕生以来続いてきている命なのです。

手賀沼遊歩道を歩いていて見かけた,可憐な白い「むくげの花!」

何かを感じる猛暑の朝です。