なかなかなかね野鳥と自然の写真館

疾風怒涛の時代が過ぎ去っていきます。私たちがその中で、ふと佇む時、一時の静寂と映像が欲しくなります。微妙な四季の移ろいが、春や秋の渡りの鳥たちや、路傍の名もない草花にも感じられます。このブログは、野鳥や蝶、花や野草、四季の風景などの写真を掲載しています。

印旛沼のヨシゴイ飛翔2

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 上の写真はキヤノンの一眼レフEOS7DmarkⅡにCANON EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USMを装着して手持ち撮影しました。

6月16日午後の印旛沼は、不安定な天気で、かなり強風が吹いてをリ、野鳥が、まともに飛べる状況ではありませんでした。

たまに飛んでも、すぐに降りて茂みに入るし、急に彼方此方の茂みから出てくるので撮影に大変苦労しました。

先日掲載した写真の他に、羽の裏側の柄が撮れていた写真があったので掲載します。

このヨシゴイは、強風の中を敢えて飛ぶ事情があったのか?非常に厳しい顔で飛んでいます。親鳥には、人と同じようにいろんな事情があるのかもしれません。喉の膨らみが気になりました。

「稲妻(いなずま)や 
       闇の方(やみのかた)いく
            五位(ごい)のこえ」 (松尾芭蕉

思い出の印旛沼・笹川撮影会・サンカノゴイ・ヨシゴイ・コジュリン・オオセッカ・コヨシキリ・オオヨシキリ・セッカ

2010年6月5日は、我孫子市鳥の博物館友の会の印旛沼・笹川の撮影会でした。

令和元年の6月16日の我孫子野鳥を守る会の印旛沼・笹川探鳥会と比較すると強風を差し引いたとしても現在は、大幅に野鳥の撮影が困難となっています。

「平成は、遠くなりにけり」でしょうか?

以下は、2010年6月5日に撮影した野鳥の写真です。

サンカノゴイ




ヨシゴイ


コジュリン

コヨシキリ

オオセッカ

コヨシキリ

オオヨシキリ

セッカ

思い出のサンカノゴイ

平成29年6月3日の朝は、快晴の天気になりました。

印旛沼のサンカノゴイが水田からヨシ原の巣にゆったり優雅に飛んでいます。

ぐるっと旋回してヨシ原に姿を消しました。


サンカノゴイは、体長70センチ、翼開長130センチもある大型のサギの仲間で、局地的に生息する希少種なので、環境省の絶滅危惧IB類(EN)に指定されています。


山家五位の名は、江戸時代から記録されているとのことですが、本来、生息数が少なく当時から観察しにくい鳥だったようで、山の奥に棲むと思われてもいたようですが、命名の由来は山里深くに棲む鳥の意味ではなくて人里離れた田舎に住むゴイサギのような鳥ということのようです。


繁殖期には低く図太い声でブォーブォーとも、ボォーボォーとウシガエルより低い声を周囲に響かせます。


今頃の時期は印旛沼のヨシ原の中から日中でも何度も聞くことができます。

今年もサンカノゴイに会えました。


以下の写真は、キヤノン望遠ズームレンズEF100-400mmF4.5-5.6L IS USMをCanon EOS 7D Mark II に装着し手持ち撮影しました。












白い紫陽花

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上の写真は、コンパクトデジカメ パナソニック LUMIX DMC-FZ300(「LEICA DC VARIO-SUMMILUXレンズ」を搭載)で撮影しました。

我が家の庭に咲く紫陽花です。

純白の姿がきれいです。

あじさい花言葉は、「移り気」や「浮気」「無常」です。 この花言葉は、あじさいの花の色が時期によって変化することから付けられたと言われています。 あじさいの色ごとの花言葉は、「青=辛抱強い愛情」「ピンク=元気な女性」「=寛容」とのことです。

 

喫茶去

ギレリスのベートーヴェン 選帝侯ソナタ 2曲とハンマークラヴィアを聴く


ベートーヴェン: 選帝侯ソナタ 変ホ長調 WoO.47-1
選帝侯ソナタ 変ホ長調 WoO.47-2

第29番 変ロ長調 作品106 「ハンマークラヴィア」


今日は、ギレリスの「ベートーベン:ピアノソナタ選集」から 選帝侯ソナタ2曲と「ハンマークラヴィア」 を聴いてみました。

選帝侯ソナタは、ベートーベンが、13歳で作曲した選帝侯・ケルン大司教フリードリヒに捧げた最初期のピアノソナタであり、まだ、後年のピアノソナタのような完成度の高い曲ではないのですが、あまり演奏されない小品なので、ふと、聴きたくなる作品です。

ギレリスが,ベートーベンのピアノソナタ全集の録音を開始したのは1972年で14年という歳月を費やしましたが、全32曲を完成させることは出来ませんでした。

それでも、ギレリスが、作品番号がつく前の選帝侯ソナタ2曲を残しているのは、これらの曲によほど共感を感じていたのかもしれません。この演奏は、とても丁寧でギレリスの到達した慈愛あふれるすばらしいものです。

また、ハンマークラヴィアは、難曲でテクニシャンのバックハウスもモノラル録音だけでステレオ録音はありません。そこで、ステレオで録音されているギレリスを聴いて見ることにしました。

なぜなら、ギレリスが1984年訪日時のインタービューで、

「ハンマークラヴィアは初めての録音です。ご存じのようにこのソナタは大変に巨大で偉大な作品です。技術的に練習して表面的に弾けるようになったからと言って録音出来るような作品では勿論ありません。私も以前からこのソナタを弾きたいと思っていましたし、若い頃にも随分練習しました。しかし、それはエベレストに登る様なものだと思うようになりました。レコード会社はどんどん録音してくれと言いますが、私は自分が納得出来るまでは出来ませんし、やりません。ハンマークラヴィアもそうでした。ですから、私もエベレストに登れる様になったから録音したのだと、この演奏を聴いて思って頂けるとしたら、大変誇りに思います。」

と語っているように相当な自信作といえる作品だからです。

一般に、ギレリスは、「鋼鉄のタッチ」と評される「完璧な技巧のピアニスト」で冷たい感じに思われているようですが、彼の晩年の「ベートーベンのピアノソナタ集」の演奏は、どれも、しっとりとした味わいのある演奏で、全集完成のために費やされた長期間に熟成された自信作だと思います。全集が完成できなかったのはとても残念です。

私は、ベートーベンのピアノソナタ全集は、バックハウス、ケンプ、ナット、ハイドシェク、グルダブレンデルジョン・リルなと聴いていますが、ギレリスのベートーベンのピアノソナタは全集ではないのですが、これらの演奏をしのぐほどの見事な演奏だと思います。

今日聴いた3曲は、とても丁寧で味わい深い完成度の高い演奏です。

じめじめした梅雨時に聴くと、スッキリ爽やかな気分になれる演奏だと思います。